鶴姫伝説のある大山祇神社

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大山祇神社とは

伊予国(今の愛媛県辺りのこと)一宮であり、愛媛県今治市
しまなみ海道に浮かぶ大三島にあります。

■交通アクセス:
JR今治駅からバスで60分(大三島行き急行バスにて「大山祇神社前」下車、徒歩1分)
しまなみ海道・大三島ICから車で15分
福山駅からの行き方はこちら

594年に創建されたと伝われ、神体山とする鷲ヶ頭山(標高436.5メートル)西麓に鎮座しています。
祭神は大山積神(別名:和多志大神や三島大明神)
現在では、海を守る神として海軍からの信仰も厚いそうです。

紫陽殿・国宝館は見るべし

紫陽殿・国宝館は高い(1,000円)ですが見る価値有です!
国宝になった甲冑の約4割がこの宝物館にあります。
というのも戦時中に甲冑を隠してくださっていたからこんなにもきれいに残っているのです。
源頼朝やら源義経、山中鹿助等時代によって変化する
甲冑を見れるのもここのおすすめポイントです。

鶴姫

甲冑の中には未だ論議のある紺糸裾素懸威胴丸(こんいとすそすがけおどしどうまる)
があります。これは、胸部が大きく膨らんで腰部が細くすぼまった胴の形状から
「大祝家記」に記された鶴姫のものではないかと言う説とそうではない説と。
どちらにしても、三島安精さんの「海と女と鎧 瀬戸内のジャンヌ・ダルク」は素敵です。

***

長兄と次兄と年の離れた鶴姫は、生まれてから父安用(大山祇神社大祝職)に寵愛され
学術武術にと優れた姫でした。
父が亡くなり、長兄が大祝職を継いだ頃、
周防の大内氏が大三島へ侵攻してきました。
次兄の安房が陣代となって三島水軍を率いて出陣し、大内軍を迎撃するも討死します。
兄の戦死後、鶴姫は三島明神に祈請し、明神を守護しようとして甲冑を着て馬に乗り、
大薙刀を振るって敵陣へ駆け込むと、「我は三島明神権化の者なり、我と思わん者は出だせたまえ」
と声を上げると味方を奮起させ、大内軍を撃退しました。
そんな中、次兄の跡を継いで陣代となった、安舎配下で一族の越智安成と
鶴姫はやがて恋仲になったとされます。
度重なるの敗北に業を煮やした大内氏は、瀬戸内海の覇権確立を目論見またもや攻めてきます。
多勢の大内軍の前に多くの味方が討たれ、鶴姫の右腕で恋人でもあった安成も討死します。
これを受けて大祝職の長兄安舎は大内氏との講和を決断しましたが
鶴姫は、次兄と恋人の死を無駄にはしたくない想いから
島の沖に停泊中の大内軍に夜襲を仕掛けて壊走させ、大三島から追い出しました。
鶴姫は、大三島を守り抜き、復讐を遂げるも恋人の安成を失った悲しみは消えず
安成からいただいた鈴を持って、海原にひとり漕ぎ出し二度と戻ってくることはありませんでした。

***

というもの。また、辞世の句があり

わが恋は三浦の浦の移せ外
むなしくなりて名をぞわずらふ

を詠んだとされています。
名前を思い出すだけでもつらいとは、せつない。。

クスノキの巨木

大山祇神社では、巨大なクスノキが多数存在しています。
その中でも、神殿前にある乎千命御手植の楠では
息を止めて3周すると願い事が叶う、
一緒に写真を撮ると長生きできるなどと信仰があります。
とても、神聖な空気を整わせている木なのでぜひ見てみてください。

まとめ

いかがでしたでしょうか?
甲冑好きやラブロマンス好き?はたまた樹木好きにも
来る価値のある神社、大山祇神社。
素敵なパワーをいただける神社なのでぜひ足を運んでみてください!

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